ダイバーシティ問題で考える / 花田 光世

2011年8月 9日

この夏、私がよく知る人事パースンが日本を離れ、新たな「旅立ち」への第一歩を踏み出した。彼が旅立ちをした理由は、日本企業に今でも蔓延する、標準・平均をベースとした特別を許さない風土にあった。最近、日経ビジネスが「休職を認め、離職を防ぐ」という記事を掲載しているが、もし、彼が勤務をしていた会社がこの記事にあるように、共働きの夫婦の転勤などに様々な配慮をしていたら、彼の離職はなかったに違いない。企業がダイバーシティを唱え、育児休職や復帰後の短時間勤務など、いろいろ工夫している半面、共働き夫婦のどちらかが転勤の辞令を受けた時のパートナーに対する対応オプションはほとんどないのが現実だ。知人の人事パースンが勤務する会社が保守的な会社かというと、そんなことはなく、新しくユニークな人事制度を実施する会社でもある。その会社ですら、おひざ元の人事パースンが夫婦転勤問題に直面した時、前例がない、人事から特別扱いを始めるわけにはいかないという対応しかできず、それらの対応にふりまわされての離職であった。

 私は「キャリア自律」とその支援メカニズムの構築が重要という立場で活動をしてきている。キャリア自律は、組織内の仕事の話に限定したものというより、ライフスタイルそのものに深く結びついている。それぞれのライフステージで、個々人がキャリアを主体的に構築していくことが自律的なキャリアデザインであろう。キャリア自律に向き合うと必然的に、ライフスタイルと向き合わざるをえず、そのライフスタイルには標準・平均は存在しない。21世紀の今を生きる個人に対する人事サービスでは一人ひとりのユニークなライフスタイルへのサービスがあって、初めてキャリア自律支援のメカニズムが動き始めてくる。標準的・平均的なライフスタイルの制度づくりとその運用は20世紀の人事の話であり、我々は多様な価値観と生き方を大切にするダイバーシティ時代の21世紀を生きている現実に向き合わずして、21世紀の人事サービスはありえない。

その方針を否定する人事部門は存在しないであろうし、みなそのような人事のサービスを提供したいと願っているに違いない。しかし、現実は人事からルールを壊すわけにはいかないというとらわれを超えることができず、総論賛成各論反対に未だ終始してしまっている。21世紀の人事サービスは「個」への支援であり、「標準」「平均」「マジョリティ」の立場に立った制度の運用を過去のものにしていく努力をしていかないと、人事はますます現場から離れていく。

ダイバーシティとは何なのだろうか。上記の視点に立てば、ダイバーシティ推進とは、一人ひとりの「個」のユニークさをしっかりと人事サービスの原点に置く活動ともいえる。さらに言えばこの「個」のユニークさに対する人事サービスは、個々人がユニークさを追求しようとする努力を支援すると同時に、それに対するマジョリティ側、標準的な視点、平均的な対応からの反対や干渉から、個々人を守るという支援サービスも存在している。ダイバーシティの時代、この両面の支援サービスの追求には人事の「正義」がある。標準的・平均的なサービスの維持は、時としてマジョリティや上位職者の「都合」や「使い勝手」の良さを守るための「対応」であり、それは経営のパートナーとしての人事や現場の上級管理者のパートナーとしての人事の役割とは異なる、上位職者の「都合」への迎合であろう。

これからの組織運営を考えると、時代は厳しく、グローバル競争は激しく、生き残りをかけた戦いは熾烈をきわめるようになってこよう。「強い組織」が望まれる所以である。その状況にあればますます組織をメンテし、組織の視点から見た活動を重視する立場が強化されてこよう。組織体個を考えると組織重視であり、集中と分散であれば集中重視である。同時に組織を支える一人ひとりのメンバーは、多様な価値観をもち、ユニークな個の在り方を追求し、そこから個の価値創造の源泉が生まれてくる。「しなやかな個」が望まれる所以である。これからの組織運営を考えた時、この二つの考え方の対立はますます激化し、組織内での戦いが繰り広げられていこう。

ダイバーシティがいわゆる性差、しょうがい、年齢差、はだの色などの身体的特性をベースとし、その特性に対する特定の態度や認識の標準化からくる意識をベースとしているのなら、その融合は特定の態度や認識の問題の改善から解決を図ることから可能となろう。しかし、組織をどうとらえ、どのような望ましい組織を構築するかという「組織の成長と発展」に関する意見の相違が、組織のマジョリティ・マイノリティ問題や、マジョリティの「都合」などと結びついてきた時、その問題の解決は容易ではない。このような時、私が重要と考えるのは、一人ひとりの個々人のユニークさに寄り添い、そのユニークな個をつないでいく「つながり」支援の役割の存在ではなかろうか。ユニークな個の問題にかかわり寄り添うのは、ユニークな個に対象を限定するのではなく、そのユニークな個どうしが互いに啓発しあい、支援しあうことのできる場の開発であろう。考え方の違う、一人ひとりの個がお互いの考えを理解し、その上で協同で活動を図る、「つながり」の支援である。

ダイバーシティ問題は究極の個の自律と表現したが、それは個の自立ではない。一人ひとりの個がどのように互いを尊重し、啓発しあい、支援しあうことができるかという、他者とのつながりの中で、自己を律し、自己の調整をはかることができるかという個の自律とむすびついてくるという意味に他ならない。

個の自律支援活動では、一人一人の個の支援に本気に取り組むと同時に、一人ひとりの個が見方や考え方、立場の異なる他者と「つながり」をもつことの支援もまた重要と考えている。このエッセーの前半で、個々人がユニークさを追求しようとする努力支援と同時に、それに対するマジョリティ側、標準的な視点、平均的な対応からの反対や干渉から、個々人を守るという支援の両面での支援サービスの追求に人事の「正義」があると述べたが、それと同時に、その個々人が相互に啓発しあい、心を開き、協同で活動していく「つながり」の場を構築することに、もうひとつの人事の「正義」があると考える。

キャリア・リソース・ラボ代表

花田光世