南方曼荼羅とキャリアの偶然性 /古畑 仁一

2010年5月10日

1は「南方曼荼羅」(みなかたマンダラ)と呼ばれているものである。この図は独学の大学者であった南方熊楠(みなかたくまぐす)が土宜方竜(どぎほうりゅう:後の高野派管長)宛書簡(明治367月)(1)の欄外に描いたものだが、社会学者の鶴見和子(2)がこれを「南方曼荼羅」(みなかたマンダラ)と名づけた。一般に「曼荼羅」とは「宇宙の真実の姿を自己の哲学に従って立体または平面によって表現したもの」であるが、鶴見によれば、南方曼荼羅は「因果律(注)」と「偶然性」を示している。



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 熊楠の時代の西欧は、因果律が解ければ科学の法則はすべて解けるとして因果律をもっとも重視した時代であった。しかし、熊楠は、自然科学は因果律で解けるが、民俗学・人類学・社会学などの社会科学は因果律だけでは解けないと考えた。つまり、西欧科学は因果律(必然性)だけしか考えていないのに対して、仏教は必然性と偶然性とを同時に捉えている。熊楠は、仏教のほうが、その方法論的可能性として現実を捉えるのによりすぐれていると考えた。確かに、偶然性が科学の方法論上重要とされるようになったのは20世紀初頭以降であるにすぎない。理性主義が主流となっていた哲学の分野でも偶然性はほとんど問題にされなかった。理性の前には偶然の存立する余地はないからである(3)

(注) どんな事象もすべて何らかの原因の結果として生起し、原因のない事象存在しないという考え方

 

さて、図1に目を移すと、メチャクチャに描かれているようにみえるが、様々な線が相互にかかわりあいながら走っている。偶然に多く線が集まっているところや、やや多めに集まっているところもある一方で、他とは交わらない線もある。先に述べたように、熊楠がこの曼荼羅で表徴しようとしたものは必然性と偶然性であるが、それを単純化にしたものが図2である。


熊楠の手跡は分かりにくいので、右側に別の図を加えた。

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「因→果」は因果律であり、2本の線が交差しているが、これは必然ではない。「縁起」がこれに加わることによって2本の線が出会う。南方自身が次のように記述している(4)。甲(上)図は「熊楠、那智山にのぼり小学教員にあう。別に何のこともなきときは」。乙(下)図は「その人と話して古え撃剣の師匠たりし人の聟ときき、明日尋ねるときは右の縁が」。「縁に至りては一瞬に無数にあう。それがのとめよう、にふれようでをおこし()、それより今まで続けて来れる因果の行動が、軌道をはずれてゆき、またはずれた物が、軌道に復しゆくなり」。すなわち、甲(縁)では2者が出会った後も進行方法を変えない。しかし、乙(起)では、2者が出合ったことにより一方または両方が影響を受け、もとのコースから外れて行ったりする。つまり、(起)では、出会ったことによって何らかの行動が起こり、もとの因果系列からはずれ、その後の経過に変化がでてくる。

 

ところで、最近日本でも脚光を浴びているキャリア形成理論に”Planned Happenstance”(計画された偶発性)という理論がある。一言でいえば、キャリア形成にあたっては”chance”(予期せぬ出来事)が重要な役割を演じるという理論である。従来は、自己分析や適性検査などに基づいての職業選択や就職支援という「リニアモデル」をベースとしたキャリア理論が主流であった。これは、「偶然性」という概念はむしろ邪魔で、綿密で明確な計画を立てて偶然の出来事はできるだけ排除しながら計画通りにキャリアを形成していくことが望ましいという考え方であり、「計画通り行動すれば目標が実現する」という、因果律に基づく理論でもある。計画通りに仕事や職業に就くことができ、生涯その職業に従事していける人も皆無ではない。しかし、多くの人たちにとっては、予期しなかった偶然の出来事や他者との出会いがその後のキャリアに影響を与えているのではないだろうか。自己分析や適性検査も無駄ではないが、それだけに頼らず、偶然の出来事や出会いをむしろ良い機会ととらえて、一歩踏み出し行動してみることがこれからのキャリア形成には必要になる。

 

南方曼荼羅の「起」と”Planned Happenstance”が、「偶然性を生かす」ことで期せずして暗合したが、これも何かの因縁であろうか。(古畑仁一)

 


【参考・引用文献】

1)南方熊楠 『南方熊楠全集 第七巻』 平凡社、1971年、土宜法竜宛書簡p.365

2)鶴見和子 『南方曼荼羅』 八坂書房、1992年、p.83109

3)木田元 『偶然性と運命』 岩波新書(724)、2001年、p.4951

4)前出 『南方熊楠全集 第七巻』 土宜法竜宛書簡p.391