社会企業家支援について考える /櫻田 周三

2010年6月 7日

CRLでは、SFCにおいて体系的な知識教育の授業の他に、自ら学び気づくことを重視した“教えない授業”としての体験学習型授業をいくつか展開しています。これらの授業における教員の主な役割は支援者です。私が担当させていただいている「生活者の社会参加」という授業では、社会参加活動のアイデアをもつ学生が他の履修生に“この指止まれ”方式でメンバーを募り、グループワーク形式でプロジェクトを進めています。アイデアを形にして実践することを求めているため、現実にはうまくいかないことの方が多いのですが、謙虚に事実に向き合えればむしろ失敗から多くを学べます。それでも年に1グループは注目すべき活動が誕生し、寄付先のトレーサビリティを実現したPOM²や、スローライフに福祉色を加えたキャンドルナイト湘南台等、授業終了後も主体的な学生の活動へと発展し、後輩に受け継がれていくケースも出てきています。


 私が最近、関心を寄せているのは、学生時代にこうした社会参加活動のコアメンバーになって、懸命に頑張った若者達が、卒業後に農業青年になったり、大企業に就職しながらも2~3年で退職してNPOスタッフになったりしていることです。転職組など、むしろそこに働きがいを見つけたようにも見えます。いずれ彼らの中から社会起業家と呼ばれる人も出てくるかも知れません。


 昨年末、ある県の職員から「いま県で社会起業家を支援するプログラムを考えているが、何かアイデアはないか」と聞かれたので、私は「社会起業家といっても成功する可能性の方が低い。二の足を踏んでいる優秀な若者に挑戦してもらえるように、失敗しても県の職員として採用されるプログラムは考えられないか」と提案しました。もちろん、一定の評価が得られる挑戦と失敗であることが前提です。


いまだ返事がないところをみると却下された模様ですが、もし実施したなら日本中から社会起業家をめざす人達が集まることでしょう。問題なのは、失敗することではなく、失敗がキャリアとして評価されないことです。とくに企業では難しいでしょう。


彼らが県に採用されれば、その後の社会起業家支援に自らの体験・経験は大いに活かされるだろうし、そこから新たなキャリアも始まるはずです。県職員に値する質を問われるのならば、質は量からしか生まれないという言葉を返したいと思います。そのための第一歩であり、そしてこれは社会起業家の存続支援にもなるのだと。