キャリア面談を通して考えたこと /石田哲也

2010年9月 4日

花田先生が担当しておられる、慶應義塾大学総合政策学部と環境情報学部の授業に「企業インターンシップ」があり、その中に「キャリア面談」が設けられ、男女数名のキャリア・アドバイザーがインターンシップの前後に学生と個別面談を行い、学生の質問に答え、また問いかける中から、各人へ気づきの機会を提供している。実際のところインターンシップを通した成長には個人差はあるものの、目覚しいものがある。インターンシップを通し、「働くこととは何なのか」「自分は何に興味を持っているのか、何に働きがいを感じるのか」「働く現場での体験は自分のこれまでの世界とどのように違うのか」といった問いかけに直面し、それぞれが格闘していることが想像できる。また当初働くことに不安を持っていた学生が、働いてみたらとりこし苦労だったというケースも多い。

 

 それにしても、最近の新卒採用市場の冷え込みはひどく、就活市場は大袈裟になり、大学も企業もそして学生も振り回されている。基本的にはデフレ経済の中で、雇用が急速に収縮し、新たに雇用を吸収する産業が育っていないことに原因があるのではないか。経済の高度化を成し遂げた日本経済においては、単なる追従型もしくは低生産性型の産業では安定した雇用を提供しえず、そのため働く者に対しての要求水準は上昇しているが、大学教育が対応できていないのではなかろうか。そうはいっても前途有為な学生に対して就業のチャンスを与えないことは社会的道義にも反するし、社会的な損失でもある。

 

 現在の就活では十分な就業の機会を提供できていないが、反面無駄も多い。おそらく面接の機会さえ与えられないであろう企業に、有名だとか、大きくて安定しているとか、とりあえず提出の自由があるという理由で1万人を超えるエントリーシートが提出される。受け取る企業の方も辟易で、ある意味機械的な選別が跋扈する。

 

 一方で、新入社員もリアリティ・ショックのためか、希望が持てないのか、忍耐心が欠けているのか、場合によっては鬱病をわずらって、早い時期に離職するケースも多い。

 

 そもそも働いてみないと仕事のことは判らないとは名言である。特に最近の学生は働く現場を近くに見るチャンスも少なく、気楽に話ができる親戚などの大人とのつきあいも希薄になってしまった。そうであれば、将来働くことを考えている学生はむしろ早い時期に働いてみた方がよい。働くことによって、仕事の現場がいかに不合理で、理不尽なものであるかを、また一方ではどのような喜びがあるかを体験してみることがよいだろう。多くの人々と接し、話しあうことからの気づきも多いだろう。その中で、どのような学習が自分を支えてくれるか、また将来有効だろうかといったことに思い至るかもしれない。学ぶことに動機付けを持って大学へくる学生はそうでない学生との間に差がでるだろう。

 

 インターンシップ・プログラムがそのような効用を持つのだとすれば、早い時期での就業経験はプラスだろう。理科系を中心に学部学科の選択は就職の選択と絡みあっているし、文科系といえども何の勉強をするかは、働く現場への臨場感と密接な関係があるのではないだろうか。もとより研究者を目指して大学へ入ってくる学生もいるだろうし、大学にはリベラル・アーツ的なものを期待する者もいるだろう。しかし多くの文科系学部は本来働く場との関係が密接であるにもかかわらず、働く現場との乖離が大きくなってしまっている。新入社員を育てる余裕が無くなった企業からみれば、採用にあたってこのような学生に二の足を踏ませることになっているのではなかろうか。

 

  一方企業においても、青田刈りのため品質保証が確かでない大学生を囲いこむよりは、その企業風土に相応しく、適性と意欲がある大学生を採用できれば、リスクも少なく、時間的な無駄も少ないだろう。雇用のミスマッチも軽減される。3ヶ月ないし6ヶ月のインターンシップを経験した学生を社員とするといったプロセスを真剣に検討し、定着させる努力があってよいのではなかろうか。この場合、インターンシップの開始時期は4年生の後期試験終了後、ないしは卒業後を想定している。従って先に述べたインターンシップ・プログラムとは性格の異なった第二のインターンシップ・プログラムともいうべきものである。インターンシップといっても、この時期の内定は、直後の本格的な仕事開始を意味するから、現就活における内々定時の勲章集めとは一線を画し、就職活動は少数に絞った会社を相手とした真剣勝負になる。大学生にとっても4年間の勉学の場が保証される訳だし、大学教育を尊重する企業にとっても好都合だろう。なおこの場合のインターンシップ・プログラムにおいては当然のこととして、有給を想定している。この場合の給与水準は今の初任給と比較すれば遥かに柔軟なものが可能だろう。例えば早急な成果を求める場合はより高給に、教育的色彩が強いものはそうではなくとか、高度な知識・技能・貢献が要求されるものはより高給にといった具合である。

 

 もとより、インターンシップのことだから、期間経過後の雇用が100%保証される訳ではないので、雇用されなかった場合のセキュリティネットが必要なことは、いうまでもない。採用しない場合は一時金を支給するなどある程度の企業責任を考えてよいかもしれない。このようなインターンシップ・プログラムが柔軟に運用されるのであれば、何回か試行錯誤を重ねる中で、個人も成長し、適職に結びつく可能性が増えると思われる。

 

 未だ働いた経験を持たない学生が、雇用者たる企業の期待にすぐに答えられないのは止むをえないし、交渉力も劣っている。個人を支え、励まし、路を示していく、そのような社会的なインフラストラクチャーも同時に整備できればと考えている。それを担うのが政府なのか、卒業生へのケアも含め個別の大学なのか、あるいは新たな民間組織なのか知恵を絞る時ではないだろうか。

 

 現代は雇用の仕組みについて大きな変革期を迎えていると思われる。生活が土地に縛られていた農業を中心とした時代でもなく、ある種の家制度を温存した終身雇用・年功序列の正社員制度でもなく、職業と生活の両立をはかる自律したキャリア形成が可能な仕組みを知恵をもって作り出していく時代なのではないだろうか。

 

 以上は私が大まかに考えているところであり、更に実証的な研究や各界の方々との対話を経て、肉付けし、提言にまでもっていければと願っている。